【講演録】第3回サステナビリティ経営セミナー 「インパクト雇用を人的資本経営につなぐ」

主催 多摩大学サステナビリティ経営研究所/共催 UNIVERSITY of CREATIVITY

2024年9月9日に開催された本セミナーでは「インパクト雇用」を人的資本経営の1つの実践手段と位置付け、企業が経済価値と社会価値の同時実現に繋げるための新たなビジネスモデルの取り組みの紹介およびパネルディスカッションが行われました。以下に概要をご紹介いたします

なお、この会合で述べられたことは、それぞれの個人的な意見・見解であり、所属組織や団体を代表する意見ではありません。

【登壇者】
・児玉 都 デロイトトーマツコンサルティング合同会社 Diversity, Equity & Inclusion Specialist Lead
・中川理恵 一般社団法人グラミン日本 理事・COO、多摩大学サステナビリティ研究所客員研究員
・香川憲昭 一般社団法人HRテクノロジーコンソーシアム 代表理事
・大原康子 一般社団法人ルータス 代表理事

(登壇者から左から順番に香川氏、中川氏、児玉氏、大原氏)

【目次】
■開会の挨拶(グラミン日本 中川氏
■解決策としてのインパクト雇用と人的資本経営について(デロイトトーマツコンサルティング 児玉氏)
■グラミン日本が取り組むシングルマザーの経済的自立支援(グラミン日本 中川氏)
■インパクト雇用の実例 HRテクノロジー×グラミン日本(HRテクノロジーコンソーシアム 香川氏)
■シングルマザーの就労に関する課題 ルータスの実践から(一般社団法人ルータス 大原氏)
■パネルディスカッション

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■開会の挨拶(グラミン日本 中川氏)

日本においては約6人に一人相対的貧困であり、その58%が母子家庭という状況にあります。その背景にあるのは日本における家父長制度(家長が,家長権に基づいて家族員を支配し,服従させる家族形態)がまだ根強く残っていることです。子どもが生まれると女性だけが育児をし、家事労働を無償で行うのが当たり前という慣習が浸透した結果、女性が社会で活躍する機会を妨げてきた構造的な問題があると考えています。(図1)

(図1:「子どもの貧困」を引き起こす、構造的な社会問題)

まずこのような現状を解決するために有効な、インパクト雇用の概要と取り組み事例を、デロイトトーマツよりご紹介します。

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■解決策としてのインパクト雇用と人的資本経営について(デロイトトーマツコンサルティング 児玉氏)

デロイトトーマツコンサルティングの児玉です。これまで企業向けの組織人事コンサルを約18年担当しています。それと並行してグラミン日本の顧問も務めています。
なぜ兼業をしているかというと、大企業の課題解決だけでは社会は変わらないと感じているからです。コロナ禍の際、大企業は恵まれていて余裕がある一方で、社会全体を見ると助けを必要とする人が多く、その中にはきっかけがあれば経済的に自立できる人も多くいるため、支援していきたいと考えたのがきっかけになります。

はじめに、インパクト雇用がどのように課題解決に繋がるのかを説明します。(図2)インパクト雇用とは、「潜在的に能力はあっても企業の一般的な採用方法では雇用機会が限定的だった人を雇用対象とする取り組み」です。日本は今、深刻な人手不足になりつつあり、様々な方法で人材を獲得しようとしていますが、今回対象となるような人の可能性を信じて雇用することは課題の解決に繋がり、またその雇用を受け入れることでダイバーシティを加速する起爆剤にもなると考えています。 また、もう1つインパクトソーシングという取り組みがあり、これは企業がNPOや株式会社などに業務を委託することで対象者を支援する方法です。ダイレクト雇用ではなく、業務委託することで仲介役が入り、障がい者、難民、シングルマザーの状況を細かく理解し、サポート出来るためミスマッチが起きるのを防ぐメリットがあります。

(図2:インパクト雇用とは)

今日はこの後、シングルマザーの事例に話をフォーカスしますが、インパクト雇用全体の取り組みとしては、高度難民人材には英語ができる能力の高い人材もいるものの、難民認定を受けた後に就職できないことが多いのでその支援も行っています。また、障がい者も身体だけでなく、精神・発達障がい者なども対象となっています。このインパクト雇用に企業が取り組むメリットですが、「人的資本経営の文脈において、インパクト雇用は投資家目線で良いインパクトがある」と伝えても、あまり響かないことが多いです。どちらかというと、一人でも実際に雇用してみると、普通の採用市場で採用する人とパフォーマンスに遜色ない人が採用できるということでメリットを実感されることが多くあります。また、インパクトソーシングのために業務を切り出して委託する過程において、ジョブ型への移行が促進され、結果として組織の多様性を加速させることに繋がる良い側面を感じてもらえることも多いです。

■シングルマザーに関する取り組みの紹介

シングルマザーへの取り組みで理解してほしいのは、日本の貧困が深刻化しており、特にコロナ禍では女性への影響が大きく、自殺が深刻化していることです。女性の大半は非正規雇用であるため、コロナの影響で雇い止めに遭い、孤立して経済的にも困窮して自立が難しくなり、さらに40代・50代の女性は仕事に介護や育児なども重なって疲弊してしまうことが背景にあります。

一人で育児をしながら子どもを育てる上で難しい点は多く、具体的にはまず養育費が8割に支払われないことがあります。次に、保育園が不足していることにより、保育園に預けて働けない問題が出てきます。さらに、ハローワークに行っても窓口ではシングルマザーが望む雇用形態の求人はほぼなく、それ以上の手助けはしてくれません。企業で働いても、女性活躍推進の取り組みの中で、シングルマザーを助ける仕組みはない企業がほとんどです。このように、悪循環がずっと続いているのです。このような悪循環モデルから解消するには、社会全体でエコシステムをつくり支援することが必要と考えています。

では、シングルマザーにお願いできるジョブは何かを検討した時、日本のIT人材が2023年に約80万人不足するといわれていることから、ここをリスキルして雇用できると、デジタル業務はリモートが可能で、隙間時間でできるという特性から、シングルマザーが仕事をしやすい環境にマッチするのではないか、という発想が出てきました。

インパクト雇用は、コンサルティング業界では進んで取り組みが、例えばシングルマザーを対象にDX人材育成プログラムを行い、RPA支援やシステム導入テストなどの業務をお願いしている事例があります。このように、小さいスキルでも現場で使えるスキルを身につけると、仕事をお願いすることができるようになるのです。自社でも海外では先進的に取り組んでおり、難民などを社員として雇用したり、シングルマザーをリスキルした上で雇うことをしています。日本でも私のチームで若年層のシングルマザーに対して業務を切り出して委託していますが、本人は仕事にやりがいを感じており、目をキラキラさせています。職場があることでサードプレイスになるような環境ができており、社員もやるべき仕事に集中することができていて、双方とも満足度が高いです。

他のシングルマザーに関する国内事例では角川ドワンゴ学園があります。その企業では学習塾の運営をしていますが、オンラインで学習を行う際の補助要員はシングルマザーを優先的に採用しています。また、教員免許を取得支援(年間15万円)も行っており、取得できると契約社員、正社員とキャリアを積める環境も構築されています。 紹介した事例の他にも日本でやり始めている企業はあり、良い効果を出すためにはまずはどんな雇用ができるかをよく考えてみることが大事になります。

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■グラミン日本が取り組むシングルマザーの経済的自立支援(グラミン日本 中川氏)

まず初めにグラミン日本のご紹介をさせていただきます。私たちは、金融アクセスが困難な方の自立を目的にバングラディッシュで設立されたグラミン銀行の日本版オペレーションです。グラミン銀行はバングラデシュにおいてマイクロファイナンス(無担保低金利で事業資金を融資)を運営、人の繋がりの信頼だけを担保に融資する5人組制度を特徴とし、この制度により全世界で900万人以上の自立支援を実現してきました。

日本のおいては2018年9月に非営利型貸金業として設立し、マイクロファイナンス事業とデジタル就労支援事業の2つを柱に活動しています。

私たちの主な活動内容は経済的、社会的、精神的な自立に向けた一歩踏み出したいと願うものの、生活困窮リスク層にいる方を伴走者として支援することです。特にデジタル就労支援では、インパクト雇用を推進しており、企業の直接雇用を仲介することもあれば、インパクトソーシングや企業との間で業務委託を受託して業務を依頼するサプライヤーとして間に入るなど、様々な形が現在あります。

今回のテーマであるシングルマザーに焦点を当てると、シングルマザーが経済的自立を達成するためには、①生活基盤の確保・情報格差解消の支援、②特定スキルを身につけるリスキリング研修、③就労による安定した所得向上というステップが必要であり、およそ5年かかると言われています。次に、実際にグラミン日本が支援しているシングルマザーの属性は30~40代の方が多く、パソコンを使用していてもスキルがそれほど高くない方が大半です。このような属性の方々の支援において、グラミン日本では、対象となるシングルマザーの募集から教育、伴走、彼女たちの仕事を創出するところまで、一気通貫で支援を行うことをコンセプトとしています。

一連のプロセスの中では、仕事がまず起点となり、シングルマザーの方々が望む働き方が可能なタイアップ先の企業を探すことが重要です。

次に、業務に合わせた研修プログラムと、企業を問わず共通の研修(マインドセット、自己受容、生涯キャッシュフロー等)を設計・企画し、最後に自治体や全国の支援団体と連携して人材を集めることを標準的な進め方としています。そして活動資金は、助成金や基金、企業支援などを得ることで実現しています。この活動のインパクトについて過去にコンサルティングファームに試算してもらったところ、例えば生活保護を受けていたシングルマザーの方が経済的自立を果たし、納税ができるようになると、1人あたり生涯で7千万円~1.1億円くらいの便益が見込まれると算定されています。

■沖縄県糸満市デジタル女子プロジェクト(でじたる女子活躍推進コンソーシアム)の取り組み事例

糸満市はシングルマザーの比率が全国平均と比べて2倍と高く、非正規雇用のために長時間労働かつ低所得で負のループ構造に陥っていました。そこで糸満市役所では、シングルマザーの稼ぐ力を身につけることと、親が子供に自立している姿を見せて子どもに自己肯定感を持ってもらうことの2つを目的に、「糸満市デジタル女子プロジェクト」として、MAIA、SAPジャパン、グラミン日本の3社で構成する「でじたる女子活躍推進コンソーシアム」にて本事業を運営しております。

約3か月間のデジタルスキルを身につけるリスキリングのコースに並走する形で、グラミン日本は、主にマインドセット研修による自立に向けた覚悟の醸成、学習期間の伴走、所得向上に向けた自分に合った働き方を選ぶキャリアコンサルティング支援を行っています。

受講生の方々は、日常の仕事や家事育児をしながら、朝や夜中の時間を使ってリスキリングをしている方が多いので、学習期間中の伴走支援は特に重要です。最初は「よし、やるぞ」という気持ちで始めるものの、学習の習慣化ができない、内容が難しくてついていけない、そんな中で子どもがぐずったり反抗したり、精神的に疲れ果てて体調が崩れてしまうこともあります。

グラミン日本では、一人で勉強に頑張る彼女たちが離脱しないようにサポートするよう、互助グループで支え合い、1on1でフォローする体制を整えています。

このような全体の取り組みを重ねる中で見えてきた課題があります。それは企業への就労のハードルが高いことです。課題はシングルマザーと企業の双方にあり、シングルマザーは実践経験の不足に加え、企業ニーズを理解した上での自己アピールを苦手とする傾向があります。特に企業のニーズに合わせて「私は○○で貢献できる」というアピールが不足しているケースが見られます。

一方で、企業側にも課題があります。従来型の採用要件、就労条件を一律に当てはめる傾向があり、そこから外れる人はいくら能力や可能性を認めていても、なかなか直接雇用には繋がりません。私自身、これまで100社以上の方々とお話しする中で、ジレンマを感じることがよくあります。トップの方々とシングルマザーの雇用に関して会話すると、「これは素晴らしい取り組みだね。うちは人材不足だから、ぜひ進めよう!」と言ってもらえることが多い一方で、事業部門と具体的な話になると、「良い取り組みだとは思うが、今の忙しい状況で時間もコストもかかる。この状況で本当に優先すべきことなのか?」という声が上がり、最終的には検討が止まってしまうことが多いのです。

これはサステナビリティ全般について言えることですが、いかに社会価値を経済価値と両立させられるかがポイントで、そのヒントになる事例を増やすことが重要だと考えています。

これに対する1つの解として、2023年2月からグラミン日本がインパクトソーシングサプライヤーとして企業から業務を受託するBPO事業をスタートさせました。私たちは、シングルマザーのメンバーのスキルや働き方に合わせてリーダーの下でワークシェアリングを行い、組織全体で品質と納期を確保します。結果、企業側は安心してグラミン日本に対して業務を委託することができるスキームを作り出しました。メンバーにとっては、実践を通じて失敗を含む貴重な経験を安全な環境で積むことができますし、企業はその働きぶりを見て、直接雇用に切り替えることも可能です。また、メンバー自身がリーダーに成長したり、個人事業主として新たな業務委託を受けるなど、さまざまな働き方や成長の可能性を見出すことができます。

最後に、今グラミン日本のBPOチームで働いているシングルマザーの言葉を紹介いたします。

彼女は中学生のお子様をお持ちで、糸満デジタル女子を修了する前は2つのコールセンターを兼業、体力の限界まで働いてもおカネは残らず、心身ともに余裕のない日々を送っていました。

グラミン日本で働き始めてから私の働く意味が変わりました。働き方や意識の持ち方が変われば、稼げるし、違う世界にも行けるんだって。成長しながら生きていけるのはすごいこと。自分の未来は明るいと確認しています。将来的には自分が起業して女性が活躍できる環境をつくりたいと考えています。

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インパクト雇用の実例 HRテクノロジー×グラミン日本(HRテクノロジーコンソーシアム 香川氏)

最初にHRテクノロジーコンソーシアムについて紹介します。2015年に任意団体として活動を開始した当初は「経営視点で、人事業務へのテクノロジー活用を通じて効率化・生産性を向上させる」ことを啓発することを主な目的としていました。2020年に一般社団法人へ移行後は人的資本経営と開示に関する産学連携の調査研究活動を新たに開始し、啓発活動も積極化して現在に至っています。

今回はコンソーシアムの活動の中で、啓発活動に関する事務局業務の一部をグラミン日本に依頼しているので、その内容を紹介していきます。

依頼内容の例として、まず人的資本に関するオンラインセミナーがあります。セミナーは2020年までは100%対面でしたが、コロナ禍になって全てオンライン化し、今では毎回40~50名の方が参加してくれている状況になっています。このオンラインセミナーのオペレーションは、社外の100%副業人材にお願いをしており、誰が運営に関わっても問題なくできるようにするため、2020年から業務の標準化を進めていました。それを現在はグラミン日本に依頼し、約1.5~2か月の引き継ぎのための教育期間後、今は事前申し込み、当日運営、事後フォローアップまでほぼ100%お願いしている状況です。

2つ目にお願いしているのは、企業の人的資本経営・開示の取り組みレベルを把握するための調査に関連する営業・マーケティング業務です。3年連続で実施しており、累計1000社以上が調査に参加しており、実質的には日本最大規模の調査になっています。この調査の事務局運営は大変な業務量ですが、これも一部をグラミン日本にお願いしています。具体的な業務としては、営業やマーケティング業務の一部を標準化して今年からお願いしています。当初は自社で内製していましたが、グラミン日本に相談して業務の引き渡しができるようになりました。

■更なる業務の拡大「ジョブ定義書」作成業務

テーマを変えて、人事関連業務委託に関わる最新のトピックも紹介します。
大企業を中心に話題になっているジョブ型人事への刷新、今までの人事制度から時代に合わせた新しい人事制度に刷新していこうという流れが増えています。その中で最初の大きな壁が“ジョブを定義する”という作業です。例えばマーケティングプランナーというポジションがあったとします。そのポジションが具体的にどんな業務を行うのか、どんな責任を持つのかを定義することが大事ですが、これには情報のインプットが必要で、通常コンサルティング企業が現場インタビューを徹底的に行い、それを労働市場で使用される語彙を使って的確に言語化し、最終的に人事評価の基準・報酬への連動にも使われていく重要性が高い高付加価値の業務になります。そのため、外注すると相場では1ジョブあたり10万円くらいが相場になります。

この業務ですが、HRテクノロジーコンソーシアムでは、生成AIを活用してジョブ定義を一気に効率よく行える「Job-Us」(ジョブアス)というクラウドサービスを活用し、グラミン日本にも関わってもらうことで、ジョブ定義を代行するという業務の委託をスタートしています。この体制では、ジョブアスを活用してグラミン日本にジョブ定義の下書きをもらい、私のほうで添削してお客様に納品するという役割分担が出来ています。これにより、人事担当者の方にとっては生産性が大幅に向上するので喜んでもらえ、グラミン日本にとっては新しい業務が増えたということで喜んでもらえ、HRテクノロジーコンソーシアムとしても売上が上がるので嬉しい、という“三方よし”を実現できています。

ここまで人的資本の領域におけるテクノロジー活用について紹介してきましたが、なぜ我々がこのようなインパクト雇用、インパクト投資を実現できるのか、理由は2つあります。
1つはHRテクノロジーを徹底活用し、業務のDX化を実現できているからです。企業によってタイミングに差はあっても、人事領域におけるDXは止まりません。全ての業務は100%リモートを前提に考えていますが、ジョブ定義など昔は人間しかできないと思われていた仕事も、どんどんテクノロジーが代替してくれるようになってきています。もう1つは、もともと副業ワーカーが中心に業務しているので、誰でもできるように普段から業務の標準化が進められていることです。業務の標準形が業務時間や単価を含めて準備できているので、すぐに依頼しやすく、お願いする領域をどんどん拡大できています。

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■シングルマザーの就労に関する課題 ルータスの実践から(一般社団法人ルータス 大原氏)

大原康子です。よろしくお願いします。私は一般社団法人ルータスと株式会社ルータスワークスという2つの法人を持っています。

最初に自己紹介ですが私には、高1、中2、小5の3人の息子がおります。9年前に夫が他界してしまい、全く予期しない形でシングルマザーになりました。当時は専業主婦だったので、これからどうやってご飯を食べていこうかと悩み、まずは、子どもを保育園に預けて仕事をしないといけないと思いました。しかし、行政に相談に行ったのがちょうど6月で、いわゆる保活が終わったばかりの時期だったため、どこも一杯で空きがないと言われてしまいました。どうしようかと悩んだ末、独身時代に小さい出版社で編集者として働いた経験や、広告代理店の営業だった経験を活かして、渋々フリーランスで仕事を始めることにしました。最初は在宅で働くお母さんたちの制作チームで、Webサイトを作ったり、チラシを作ったり、オウンドメディアの運営を行うなど、自分が元々持っていたスキルを活かして、在宅でできることを仕事にしていきました。この仕事とチームが、今のルータスワークスの事業内容に繋がっています。

自分自身が当事者となって初めて、シングルマザーはこんなに生きるのが大変なのかと実感しました。贅沢をしたい訳ではなく、子どもを暖かい布団で寝かせて、お腹いっぱいご飯を食べさせ、望む教育を与えたいだけなのに、容易に叶えられないということに、気が付きました。この実体験から、自分と同じシングルマザーの皆さんが、働きやすく暮らしやすい環境を作る必要があると考えるようになりました。そのために、女性の働き方が増えるような会社を作ろうと思いましたが、知識も経験も少なかったので、大学院に入学して学び直しました。社会で伝わる言葉を身につけたいと思ったんですね。大学院ではシングルマザーでフリーランスとして働く方々をテーマに研究しましたが、こうした働き方にはハードルもあり、一般化するのはなかなか難しいというのが実際のところです。現在は、株式会社を作り、引き続き在宅で働くお母さんたちと共に仕事をしながら、仕事や環境の改善を計りながら、今に至っています。

今は、2つの法人を持っているのですが、位置づけとして一般社団の方はシングルマザーの生き方・暮らし方・働き方の支援を、助成金なども活用しながら行っています。一般社団法人でひとり親世帯の生活の基盤づくりを応援しつつ、女性が働きやすい仕事ができる株式会社を持っている状況です。今後は、一般社団法人で、働くためのリスキリングやスキルアップ機会をもっと多く設けて、そのスキルを活かしてルータスワークスで働いてもらえるようにしたいと考えています。また、ルータスワークスの収益の一部は一般社団法人の教育資金に回し、シングルマザーが学び・成長していく循環を作っていきたいと考えています。

なぜこうしようと思ったかというと、シングルマザーになると自己肯定感が落ちることがあります。シングルマザーに対する社会的偏見もあります。私自身も「自分で望んでシングルマザーになったのだから、不満を言わないでよ」と言われたことがあります。「死別なんですよ」と言うと、慌てて「ごめんね」と謝られるのですが、離別か死別かで態度を変えられることに、非常に違和感を感じています。シングルマザーが困っていること、解決したいことは「子どもを育てる」ということであり、そのために悩み苦しみながら日々頑張って生きています。そんなシングルマザーという存在を否定されるのが悲しいと思います。私は、シングルマザーがシングルでいることを注視するのではなく、「日本社会の中で、子どもたちをどう育てていくのか」、ということを皆さんにも一緒に考えて頂きたいと思っています。もちろん、児童扶養手当などの支援はありがたいものです。でも、守られるだけでなく、自分も誰かを助けることができれば自信を取り戻すことができるのではないでしょうか。シングルマザーが学び、経済的に自立し、後続のシングルマザーを助けることができる。こうした環境を作りたいと考えています。

■シングルマザーの働けるようにするための環境づくりへの取り組み

もう1つシングルマザーの課題として、自身が働いているときに、家事育児を誰が担うかという問題があます。こうした課題についても事業として持続的な解決方法を模索できればと思い、世田谷区の梅が丘駅でルー飯(るーはん)という親子のために晩御飯を出す食堂も展開しています。今は都合によりお休みしているのですが、営業時には、「こどもおにぎりチケット」と呼ばれる、チケットを発行しています。お店に来た大人にチケットを買ってもらい、子どもはそのチケットを使って、おにぎりを好きなだけ食べられるペイフォワードの仕組みを作っています。ルー飯自体は親子フレンドリーな食堂なので、定食の代金をいただく仕組みになっていますが、その一部を還元したり、助成金をいただきながら無料の子ども食堂も月1度程度行っています。

 もう1つの取り組みで、これはUoC(UNIVERSITY of CREATIVITY)がご縁を繋いでくださった部分もあるのですが、以前から、食堂の先にコレクティブ・ハウスを作りたいと考えています。共に暮らす家庭を作れると良いなと話し続けていたら、UR都市機構さんとご縁ができ、2024年8月から実証実験という形で西浦和において「COやね」という事業をスタートさせました。ここでは親子で食事をとることができますし、施設の中でサポーターが子どもを見守りますので、親御さんはご自分の時間を持って、ほっと一息ついていただくことができます。将来的にはシニアも子育て世帯も共に暮らし、地域の中で子どもたちが育まれることを実現できる場が作れるよう、実証実験を進めています。

私自身が、なぜ働き方にこだわるのかというと、シングルマザーは働き方の選択肢が少なく、非正規雇用を選びがちです。非正規雇用では、日本のシングルマザーの大きな特徴であるワーキングプアに陥りやすくなります。日本のシングルマザーは9割が就労しているにも関わらず、5割が貧困です。この理由には、男女間の賃金格差やジェンダーバイアス、日本独自の雇用慣行など色々な問題があります。これらは結果として子どもの貧困にもつながっています。また、これまで日本ではあまり研究が進んでいなかったですが、最近単身高齢女性の貧困も言われるようになってきました。当然この中には年齢を重ねたシングルマザーも含まれ、負の連鎖が繋がっています。選択肢が増え、女性の働き方が変わり、収入も増えて雇用が安定し、社会的信用も得ることができて、生活の水準が上がり、子どもの教育に投資ができる機会が増えていく、そこまでできて初めて、シングルマザーが経済的に自立した状態だと思うのです。このレバレッジポイント(図3)にコミットしていきたいと思っています。

(図3:負の連鎖を解消するレバレッジポイント)

日本の母親は、家事育児にとても時間を取られます。そのため、家事育児と仕事の両立に悩んだ結果として、非正規雇用で働き、児童扶養手当を受け取る方を選ばざるを得ない構造になっているのです。収入が少ないことは子どもの進学率にも直結しており、二人親、ひとり親世帯の高校卒業後の進学希望率は変わらないものの、ひとり親世帯の大学進学率は非常に低くなっています。また、貧困の問題は、経済的貧困以外にも、居住の貧困、人手不足による関係の貧困、時間の貧困があります。例えば居住の貧困については、私自身、不動産屋さんに行って希望を出しても、3軒くらい断られるのは良くあることです。物件を貸していただけない理由として、男児が3人もいる人には貸せませんと言われたこともあります。家を借りることができない具体的な理由はよくわからないのですが、シングルマザーやフリーランスであることが影響しているのだろうとは思っています。

最後に、ルータスのミッションに「社会からシングルマザーという言葉をなくす」というメッセージを掲げています。わざわざ「シングル」という言葉をつけるのでなく、単に父であり、母であるという状態が理解される社会であれば、子どもたちはどの家庭に生まれても同じように育つことができるようになると思っています。そして何より、シングルマザー・ひとり親世帯には子どもたちがいるということを思い出していただき、「子どもたちの未来をつくること」を皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

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パネルディスカッション

(司会)シングルマザーの就労を加速するための解決策について、本日お話しいただいたことをまとめる形で一言ずつコメントをお伺いできればと思います。

■児玉氏

コンサルティング業界では、生成AIを非常に活用しており、ChatGPTに第一の解を出してもらう作業が発生していますが、これはみんな学び中だと思います。プロンプトエンジニアリング自体はスマートフォンのアプリなどで誰でも学ぶことができますが、作業は一つの大きな仕事になると考えています。これはコンサル業界に限らず、テキストデータを基にアウトプットを出す仕事なので業界問わず求められます。そこで生成AIと共生する間に入って通訳する形でシングルマザーが活躍するというのは、新しいビジネスにできると問題解決の一助になる気がしています。

■香川氏

引いた目で見ると、仕事の属人化を止めるための仕事の標準化やテクノロジーの活用というのは各論の話で、社会課題を解決するには強制的なレベルになっていない現状に課題があると考えています。資本主義の在り方が根底から変わってきていることに経営者もあまり気づいておらず、金融庁の政策立案の責任者と意見交換すると、責任者の方がもっと危機感を持っています。サステナビリティとは何をどのように実現することなのか、経営者が強制的に考えてもらう仕組みにしないと根本は変わらず、経済的価値の創出だけでなく社会的価値を同時に見出すという簡単に答えの出ないことを織り込んで考えることが求められる状況が必要です。障がい者雇用は法的に強制力を持たせて段階的に雇用率を上げていますが、社会インパクトも同じようなレベルで強制力を持たせていかないとだめなのではないかと思います。

■大原氏

解決策があれば既にやっているという感じですが、大きな法律的な部分でいえば賃金格差というのは大きな問題で、これは私のレベルではどうにもできませんが、社会として見直してほしいと思います。私のやっている仕事で言うと、在宅でコンテンツ制作をすると内職と混同されてすごく単価を安く叩かれることが多く、特にライターの仕事はChatGPTの誕生によってさらに下がっていて、それを粘って安い金額で仕事を受けないことが大事だと思っています。人手が足りないからこそやってもらうことの価値を社会が見直して、そこに正当な価値をつけることを整えてほしいです。もう一つ、シングルマザーにいろんな属性があることを理解してもらい、向いている仕事・できる仕事のマッチングをうまくできると、ハローワークでもやって感じることが減る気がしていて、仕組みにできるのではないかと取り組んでいます。

■中川氏

企業とお話しさせていただくにあたって、企業に響くキーワードをいくつか考えていた時、「総論賛成各論反対で何もしていない間に労働人口の減少はどんどん進む、今から取り組みをしないと今いる社員が離れてしまいますよ」という強制力ではないですがリスクの大きさを伝えることが多いです。少子化、労働人口の減少も含め、悩みを痛みと感じる企業ほど対応が早い傾向にあり、それをどうやって増やすのか、各論でどう実行できるかが重要だと思い、色んな意見をお聞きしたいと思っています。